今回は横隔膜ヘルニアの手術を行った猫の症例のご紹介です。
この子はTNR活動をされている方が、別の動物病院で避妊手術をお願いしたところ、麻酔をかけると呼吸状態が悪く横隔膜ヘルニアがあるだろうということで、当院での手術を希望され来院しました。
来院時は麻酔が効いている状態で呼吸状態が悪く、レントゲンを撮影すると確かに横隔膜ヘルニアでした。
横隔膜ヘルニアとは
横隔膜ヘルニアとは、胸(胸腔)とお腹(腹腔)の臓器を分ける横隔膜という膜に異常な穴が開き、その穴からお腹の中の臓器が胸(胸腔)に入り込んいる状態をいいます。
この子は消化管のほとんどが胸腔に入り込み、肺はほとんど膨らめない状況がレントゲンで確認できました。
開腹してみると横隔膜に大きな穴が開いており、胃、腸の大部分、すい臓、肝臓・胆のう、脾臓が胸のほうに入り込み、お腹の中には腎臓、膀胱と腸のほんの一部のみが残っている状態でした。
横隔膜ヘルニアの手術
横隔膜ヘルニアの手術は簡単に言うと胸に入り込んだ臓器をお腹に戻す手術です。
しかし、横隔膜ヘルニアが起きた原因や時期により、胸の中に入り込んだ臓器が胸の壁に癒着していた場合、お腹の中に臓器を戻すことが難しくなります。
またお腹に臓器を戻すことによりこれまで膨らめなかった肺が急に膨らむようになることで、肺水腫といって肺に水が溜まってしまう可能性もあります。(再拡張性肺水腫)
また、これまですっからかんだったお腹に肝臓、胃、腸など多くの臓器が戻ってくるため、お腹の容積が足りずにお腹がパツパツになるという問題もあります。
この症例の場合は、大部分の臓器は癒着なくお腹の中に戻すことが出来ましたが、肝臓の一部が横隔膜の胸の側に癒着しており、その部分については残しても問題ないと判断し、胸腔に残したままにしました。
お腹の中に臓器を戻す際にもゆっくりと時間をかけて胸からお腹の臓器を取り出し、肺がゆっくり膨らめるようにします。
お腹を閉じることが出来るのか不安になるくらい、臓器にボリュームを感じます。
術後管理(再拡張性肺水腫)
術後は特に呼吸状態に注意が必要です。
前述した再拡張性肺水腫による呼吸状態の悪化が起こり得るため、呼吸回数や呼吸様式には細心の注意を払う必要があります。
また、お腹がパツパツになることで食事がとれなくなっていないかという点も慎重に経過を見ていく必要があります。
猫(特に野良猫)は入院という環境の変化にストレスを感じやすくそれ自体が食事を食べない原因にもなります。
また、猫は3,4日食事を全く食べないことにより、肝リピドーシスといって肝臓に脂肪を蓄積し、肝機能の低下を起こすことがあり、これにより命を落とす危険もあります。
この子は術後2日目に食事も食べ始めてくれて少し安心しました。
本来はもう少し入院させて経過を見たいところですが、野良猫であるため、入院のストレスや治療費がいくらでも出せるわけではないこともあり、術後2日での退院となりました。
しばらくお家の中でお世話をしてからリターンするとのことでしたので、無事元気に今後を過ごしてくれることを願っています。
退院1週間後の様子は食事も食べてくれて排泄も問題なく、経過は順調とのことでしたので一安心です。